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2026年06月の日記です

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▼2026年 6月11日 (木)   -- No.[11]

正午のドン、そうか今時の記念日か

そういえば昨年の今頃は母の介護で大変だった事を急に思い出す
おまけに昨年の今頃はクルマがなく自転車生活
炎天下で自転車を漕いでいる途中で時の記念日のドンを聞いて色々思い出す
クルマなんかなくてもいいのかも?なんて考えてもいたけれど
それは夏場の話であり冬の富山での自転車暮らしは無理無理

ただ昨年も母の通院やどうしてもやむ得ない時はレンタカーを借りた
トヨタレンタカーのようなお値段の高いところでは借りれない
丸の内にある『ガッツレンタカー』は重宝した
ここがまたボロい軽四ばかりで喫煙可やラジオなんざAM波しか入らぬのもあった
それでも安いのだもう詳しい値段は思い出せぬけれど他に比べれると破格の安さ

ただおかしなものでこんなボロい軽自動車を運転していると我が身まで貧乏臭くなる
知り合いにすれ違うのも嫌でサングラスをかけ帽子を被り身を伏せるように運転した
代行の運転手さんにも「これ代車だから」とわざわざ言い訳してみたり
まあ今にして思えば自意識過剰ではあるけれど矢張りみっともない思いに駆られる

ガッツ石松氏の訃報が入る

ネットニュースを見てひっくり返った
今の若い世代にガッツ石松のボクサー時代の話をしても通じない
三度笠姿でリングに上がる姿はトレードマークであった
しかし私の記憶のある三度笠姿の頃もボクサーとして晩年であったようだ

しかしガッツ伝説はすごいぞ伝説の池袋乱闘事件で警察の取り調べで
「チャンピョンはいついかなる時にも挑戦を受けなければならないと賞状に書いてある」
そう言い放ち2日後に釈放
なによりすごいのは「チャンピョンはいついかなる時にも挑戦を…」
その文言が翌年からボクシング協会によって削除されたのだ

彼のデビューはボクサー引退後「OK牧場」を筆頭に数々の笑いをとり
俳優からバラエティ番組まで大活躍だったは皆さんご存知のとおり
ボケているのか?本当にボケているのか?そのギリギリの線の笑いが最高だった

「鎌倉幕府は何年に成立年は?」とあるクイズ番組の問題でガッツ石松は

「よい国つくろう鎌倉幕府だから4192年」

この答えは私の人生においてTOP100に入るネタである








▼2026年 6月10日 (水)   -- No.[10]

来年の旅行の計画を立て始めております

戦争はどうなるのか?円安傾向は来年にも続くのか?鬼が笑うが来年の旅の計画をねる
とりあえず飛行機等は後にしてもホテルの手配を考える
行きたい場所は田舎の島ではあるからホテルの数が少ない
そのくせこの時期は全世界から人が集まる、そこでまずはホテルの予約から始める

令和9年どうなっているのか?


▼2026年 6月 9日 (火)   -- No.[9]

「覚えてる?静岡離れて30年は経ってないか」

着替えもせずに開店準備そこの一本の電話
大体こんな時間の電話はセールス、見慣れぬ番号に店名も名乗らずぞんざいに対応
そしたら冒頭、なんと私がサラリーマン時代に住んでいた静岡時代のトライアスロン仲間

現在昨日のリレーマラソンで500メートルを走ると黄泉の国が見える惨憺たる腹と体重
信じられないかもしれませんが私は20代30代はトライアスリートだった
今でも泳げるし自転車には乗れるはず、まああくまではずである

話を戻すそのお仲間は現在70代で悠々自適な生活
昨日も新潟経由で富山に入り急に私の顔を思い出して立ち寄って下さったのだ
懐かしいあの頃の話しに盛り上がる

「飲み会でよっぱらっちゃケツ出してたよな写真残ってるよ」

酒飲んじゃいつもいつも馬鹿騒ぎしてた、酒飲んではの馬鹿騒ぎ今も変わらぬけれど
あの頃よくもあんなに毎日毎日自分を追い込むトレーニングが出来たものだ
若かったとしかいいようがない
しかしあの頃の仲間は全員ではないけれど今も競技を続けているようで頭が下がる

ただなんだかこんな話をしているうちにまたあの頃のようにまではいかねど
もう一度パーっとひと花咲かせてみたいな
うーん、トライアスロンはもう無理かもしれないけれども

なにか?なにか?なにかないか?むかしの仲間に刺激を受けています


▼2026年 6月 8日 (月)   -- No.[8]

久しぶりのリレーマラソン参加

そういえば『いっちゃんリレーマラソン』ってボランティア参加のみで出場経験なし
おまけに今回は行きつけの飲み屋の女将が主催
集合場所の太閤山まで広貫堂にクルマを停めてシャトルバス
なんたってスタート時間ギリギリに着けばいいので朝も楽で楽でチョー楽チン

今はなき『あいの風リレーマラソン』の頃
場所取りしたりテントを持って行ったりとそれが結構な負担であった
場所取りがうるさくなった時なんぞ深夜2時にブルーシートを敷き行ったもん

まあ一周2キロの結果は笑うくらいに惨憺たるもの
でもいいんだ参加者全員誰もが私に期待することは兎に角生きて帰ってタスキをつないで
まさに「命のバトン」なんだか24時間テレビになっちゃたけど
誰も私のタイムに期待をしておりません

そう最後に2キロを走ったのは何年前であろう?もう何年も早足すらしていない
見事に最初の500メートルで死にそうになる
昔話をする様になったら人間終わりだけれどこんな私もいけてるアスリートだったんだ
まあ悔しくもなんともないけれどあまりにも不様な変わりようである

走り終えて皆んなで乾杯、なんて最高なお酒であるか


▼2026年 6月 7日 (日)   -- No.[7]

「マスター!後ろに座っている女の人って学校の先生ですか?」

カウンターのうら若き女性客が突然私に尋ねる、確かに後ろは教員のグループである
しかしなぜその女性の素情を彼女が知っているのか?
そうこうしているうちに後ろの女性も彼女の方をチラチラ

「あの女の人はワタシが小学生の時の担任です」

それを後ろも気づく、そこからカウンターと後ろで大盛り上がりその光景にびっくり
別に小学生の頃の担任に当店で出会ったとしても別段驚く話しではない
カウンターの橋本環奈似の女性は年は若いけれどきちんとバーでお酒を飲めるお年頃

ただ後ろの女性客は当店に通い始めて何年ぐらいになるであろう?
かれこれ20年ぐらいは通ってくださっているであろう
そうかあの頃お嬢ちゃんだと思ってイメージが未だ強くとも当時20代の彼女も40過ぎ
当時受け持った児童と飲み屋ですれ違ったところでなんらおかしな話しではない


日々店に立ち日常に追われても所詮はお店の中だけでほぼ完結してしまい
なんも変わっていないと思っているのは私の方だけ
私と私の店以外は皆んな着実に変化していっているのだ
いやいや私だって20年も経てば確実に体重以外でも色々と変わっているはず

はーっ、今更ながらお陰様で20年以上も店を開けさせて頂いている事に気づく





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