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2010年07月の日記です

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▼2010年 7月29日 (木)   -- No.[29]

夏の月末

3日ぶりで店をあけ外を眺めていると結構人通りがある
さすが平日とはいえ真夏の月末だけのことはある
身内の不幸とはいえ3日間も休んだのがもったいない気分になるな
朝は毎日お寺さんがお経を唱えに来るので長男が寝ているという訳にもゆかず
たいして早い時間でもないのだが午前中はそれに立ち会う、あと数日のことゆえ我慢出来るが
なんだか中途半端な寝不足でだるい

「どうなってるんだ?その腹は!」葬式の最中は親戚中から私の太り過ぎを注意される
分かっちゃいるんだけど、8月から頑張りますんで
先日お金の支払いだけを済ませてきた自転車を今から引き取りに行き
自転車ダイエットに励む予定ですから

さて葬儀屋に葬儀代を支払ってひと段落の月末


▼2010年 7月28日 (水)   -- No.[28]

郵便受けには墓石屋と法要向けの料理屋からのDMでいっぱい

この人達も商売とはいえ早い対応だな、でもなぜかこの手のDMを受け取るとちょっと腹が立つ
「人の不幸につけ込みやがって!」という感じがぬぐえないのだ

ご香典の整理はひと段落
受付のお手伝いの方にお礼を渡しに、本当にありがとうございました助かりました
花屋に葬儀用のは花代支払いをすませる
その後夕飯は『だい人』へ
本来ならば私どもの慣例として1週間は肉類は厳禁なのだが
祖母の葬式だし、もう精進料理はへきへきしてるし
もっいいかとばかりに向かった
しばらく我慢していた岩がきが美味かった
さてご香典でもくれぬかともう一軒行くが、もうダメ
暑いは、眠いは、やっぱり葬式って疲れるんだよな
早々に家に引き上げ寝る

3日か店を休んだし、さて本日より平常営業頑張ちゃうもんね


▼2010年 7月27日 (火)   -- No.[27]

もっくんみたいな人が来てくださるかと思えば

祖母の湯灌と死化粧を担当してくれた「おくりびと」は2人の女性
これにはちょっと親族一同でびっくり
納棺後手際よく打掛のように見える細工を施していただき、更にびっくり
そして感謝
こういう言い方は何だけどやはり人の忌み嫌う仕事をやってくださる方がいないとな

さてお通夜、この7月の月末の突然の葬式
親族ですら出席出来ぬ非礼を詫びる連絡が入るなか御近所の方が駆けつけてくださるのが頭が下がる
喪主の挨拶は本当に心からの感謝でいっぱいだった

その晩は、そのまま葬儀の場の宿泊施設に泊まったのだが
せっかく駅前で泊まっているのだし店は休んだし、このまま飲みに行っちゃえとも思ったが
まさか駅前を葬儀場の名前の入ったスリッパでペタペタ歩き周るのもなんなので大人しく寝る

本日葬儀の方は滞りなく初七日の法要も終え無事帰宅
お骨を自宅に、叔父、叔母と母で報名帳と香典の整理
今回何が助かったかといっても妻の両親が娘の面倒を見てくれたこと
会場での挨拶ともろもろな雑事に斎場への移動、そしてあの大勢の中でもし泣かれでもした日には
それでなくとあれやこれやと色々起きるのが葬式、あずけたのが正解だった
もうぐったりではあるが

やはり人は一人では何も出来ぬ事を思い知った3日間







▼2010年 7月26日 (月)   -- No.[26]

子供の頃から葬式に関して不思議に思っていたことがひとつ

「なぜ、葬式なると大人はケンカをはじめるのか?」
この件に関して、もしかして私のつたない体験がそう感じていたのか?
もしかして葬式になるとケンカを始めるのは私の身近な親族だけなんじゃないか?
そう思いこの件を周囲の人間に尋ねたことがあった
まったくその様な体験をしたことがないという者もいるが
結構な確立で「実はウチも!」「あの葬式の時はひどかった!」「オヤジの時は、もめてもめて!」
いずこも同じ、あるもんですな

やはり財産の問題、そこに遠慮のない血族が絡まったり
今までは誰かが、それを抑える人がいたから出てこなかったのだが
その抑止力となっていた存在が故人であったりすると、さあ大変となる
各々の家ごとでケンカの理由は様々なのだらろうが
子供心に何もこんな時に、何もホトケさんの前でみっともないと思っていたのだが、いたのだが

私の妻は物心ついた頃から仕事関係は抜きにして近親者の葬式というものにあったことことがない
だから葬式に関しての知識がない
私としては長男の嫁として恥ずかしくないよう葬式に関する心構えを私の体験をふまえ話しておく
その中の第一番目が私が子供心に嫌だった体験
そう、葬式になるとケンカを始める大人がいる事を話す
妻とすれば未体験のことゆえ、なぜに葬式と大人のケンカが結びつくのかが理解できぬようで
しかしそこは長男の嫁として覚悟してもらわねばならぬところ
理解出来なくても、判ってもらわねばならない大切な事

ところがである、いざ葬式の段取りが始まりケンカしだしたのが私
詳しくは書けぬが元々ちょっとした私の周囲の問題等がこの葬式で火がつく
普段何気に我慢できたり、接触する機会が少なかった人達に電話したりしているうちに
「大体あいつのあの態度、あの口ぶり前から気に喰わなった!」
「大体普段からそんなことばかりしているから、そんなことになるんだろう!」
まるで小学生のケンカの理由の様な怒りと
死んでる祖母には申し訳ないが今日こそ言わせてもらうとばかりに電話口で大声を上げる私
それを呆れて見ている妻

いかん!

あの頃の大人と同じじゃないか
分かってるんです分かってるんですよ
喪主なんてものは無能なくらい何事もなく事進めて終えて、初めて評価されることぐらい
大人ってそういうものだということぐらい
だけどダメだった

今からお通夜、何事もなく何事もなく


▼2010年 7月25日 (日)   -- No.[25]

祖母の涙

かれこれもう4半世紀も前の話、祖父の臨終の席に立ち会った時のこと
朝電話があり祖母と2人でタクシーに乗って病院へ向かった
乗ったタクシーは当時富山ではめずらしかった女性ドライバーであったこと
ドライバーに悪気はなかったのだろうが危篤の報に向かう我々にとって
その女性ドライバーのおしゃべりがひどく癇に障った記憶
そんなつまらぬことだけは、なぜだか妙に記憶に残っている

病院に着いたころには祖父には心臓マッサージが施されており
私達が病室に入ると担当医から臨終を告げられた
その時であった一緒に行った祖母が祖父に倒れ込むように泣いた

「あれ?この人泣いてるよ。」

正直な私の感想がそれであった
好きだ惚れたの恋愛結婚など存在しない時代の人達である
ある日祖父が親族だったか結婚するように言われ
馬だか牛に乗せられてきたのが祖母で、それが初めての両者の出会い
女性の尊厳とか、人の意思・意見などあってないような時代の話し
そんな話を祖父から聞いた、そんな前時代の人達である

家を建て父が産まれ、そして祖父は戦争へとられ
8月1日に富山の大空襲で家を焼かれ終戦
焼土の日本から高度成長
そんな夫婦である
なんてことない無名の声なき日本の夫婦である

私は祖父の臨終の席で祖母の流した涙を見た時から
「夫婦って何なんだろう?」という想いが始まる
好きとか嫌いとかではない共に長く連れ添った夫婦
「夫婦って何なんだろう?」
あの祖母の涙は私にとっての大人への疑問の一歩だった気がする

昨日24日午後5時31分、私にそうした疑問を残してくれた祖母が永眠した






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