[HOME]    [説明]    [最新投稿]
 
No. Pass

マスターの日記へようこそ!
日記を書いた日にはアイコンが表示されます。
アイコンをクリックすればその週or月の日記が表示されます。
 
      1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
 


2026年07月の日記です

[1週目の日記]  [2週目の日記]  3週目の日記  [4週目の日記]  [5週目の日記]  [1ヶ月分の日記]  



▼2026年 7月14日 (火)   -- No.[14]

「転勤決まった!」

息せき切って店に飛び込んで来ての第一声がそれ、キャリア形成にも最高なルート
なんでも大抜擢の大出世の様である
やはりどんな会社でも東京及びその近郊に優秀なる人材を集める

まっ、嫌になったりダメになったら帰ってくればいい


▼2026年 7月13日 (月)   -- No.[13]

「履歴書はURLをお送りしますのでそちらにご記入くだい」

情けないものであるなぜに60過ぎてもアルバイトしなければならぬのか?
あの頃思い描いた60歳を過ぎた私は白のワイシャツに灰色のジャケットを羽織
爺さんがよく締めていた紐状のループタイを首にそして安っぽい運動靴を履き
インドネシアのボロヴドゥール遺跡を歩いている姿を想像していた
そりゃ今でもインドネシアだろうがカンボジアでも歩けますよ問題はそこではない

60過ぎたら優雅な人生があるんだと思っていた事だ!

それがなんだまったくもう
毎月毎月ピーピー言って本業だけでは食えずにアルバイトをしなければならぬ
コロナ禍の影響はいまだに消えず
しかし今本業を辞めたところで繰り上げ支給の年金暮らしに明るい明日はない
あるのは暗い老後、いやいや今どき私の年齢じゃ老後とも言えず
 
責任者出てこい!

人生幸朗・生恵幸子のぼやき漫才状態である
さて問題は私は幾つになったら悠々自適なる人生が送れるんだまったく
ひじょうにきびしー!次なるは財津一郎
しかし昭和の頃に思い描いていた未来はこんなものか?

なんでそうなるの?怒るでホンマに!


▼2026年 7月12日 (日)   -- No.[12]

「以前は23区で一番自転車が多かったんですけど近年それが世田谷区に抜かれて」

卒業して何十年ぶり?先日の中国語ペラペラの後輩の繋がりで懐かしい声を電話で聞く
「懐かしさの一歩手前で♩込み上がる苦い思い出に言葉が見つからないわ♩」
ふと竹内まりやの『駅』が脳裏に流れる

別に彼女とは付き合っていたわけでもない
しかしおかしなものでむかし懐かしい女性と急に喋ると
「アナタがいなくてもこうして元気で暮らしていた事を♩さりげなく伝えたかったの♩」
男性の学友以上になぜか元気に声を出し喋る私がいる

彼女にとって私は単なる古い学友、本当にそれ以上もそれ以下も決して何もなかった
しかし私の中であの日のモヤモヤしたやるせない想いが急に甦る
何もなかったからいいのかもなあ?

現に何かあった女性達は何十年経とうとも私と会いたがらない
もしかして当時の私は余程ひどい男だったのかも?
さもなくば彼女達が現在は充分に幸せ過ぎるのかもしれないという事にしておく

「お元気ですか?」

「生きてりゃ色々大変な事が起きてコロナ禍以降はしょぼくれてます」

そして冒頭の様な差し障りのない話題から次回皆んなで会う約束を
ただ旧い仲間の「今度会おうよ」の約束で会えたためしはない
しかしなんといってもいいのやら社交辞令?修飾語?の様に交わすのだ

でも正直会える日が楽しみである





tackynotesp Ver0.723 Tacky'sRoom